「プロダクトを作らない」ことから始めたWAKE Career
講演の冒頭、咸氏は「3回」という数字を挙げた。これはWAKE Career(旧Waveleap)で資金調達するまで、半年間にピボット(路線変更)を行った数だ。
半年で3回という方針転換の根底にあったのは、事業立ち上げの背景にあった「女性だけをエンパワーメントしても根本的な問題は解決しない」という思いだ。「企業側の環境や社会構造を変えられるようなプロダクトを作らないと、ジェンダーギャップは解消しない。だからこそ、企業向けに何かインパクトを残すことができないかと考えた」と咸氏は語る。
1回目のピボットは、女性エンジニア向けの1on1サービスから企業向けのDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)コンサルへの転換だ。理由は「1on1サービスを企業導入として進められないかと考えたが、インパクトが弱いと感じた」としつつ、そこで始めたDEIコンサルでは、行動経済学やデータをもとにした企業研修の提供などを実施した。
しかしながらこの事業モデルはうまくいかず、2回目のピボットへ。「さまざまな企業にヒアリングを行った結果、日本のジェンダーギャップ解消が進まないのは原因を把握せずに自社に合った方法ではなく、一律で管理職向け研修などを行なっているからなのではないかと仮説を立てることができた」と振り返る。
2回目のピボットでは、「すでに海外ではDEIテック市場が盛り上がってきていた」ことを背景に、データドリブンなDEI SaaSプロダクト(プラットフォーム)へと軸足を移すこととなる。
このプラットフォームは企業の現状を可視化するだけでなく、分析結果に合わせたアクションが可能なものだった。プロダクト開発に当たっては、プレスリリースや営業資料、ランディングページで反応を見たうえでさまざまな企業に営業をかけるといった活動を行った。
ところが結果は、「資料請求ゼロ、商談獲得数ゼロ、SNSでの話題性もゼロ」でニーズがないことが検証できた。それでも、営業や商談をしながら、企業や女性エンジニアにユーザーヒアリングを開始。1-2か月という期間で企業20社以上、女性エンジニア50人以上に聞き取りを行った結果、「女性エンジニアの採用を積極的に行いたい」というユーザーインサイトを発見した。
「『ジェンダーダイバーシティを実現したい』とまではいかなくとも、『女性比率を上げたい』と考えている会社は多いことが分かった。また、より現実的な問題として、『女性エンジニアなら予算が降りるので、人員確保のために女性を採用したい』と語る企業もあった」(咸氏)。
このニーズに応えるべく、「採用優先度の高い『エンジニア』という職種で活躍する女性を紹介することで、DEI推進を図る」というピボットを行った結果、完成したのがWAKE Career(旧Waveleap)だ。
WAKE Career(旧Waveleap)について咸氏は「元々のプロダクトに採用要素を加えただけだったが、PR Timesでリリースを出したところ、オーガニックで約3日で18社から問い合わせがあった」と振り返る。「確実にニーズがある」と判断した咸氏は、いよいよ開発に進むことを決めた。
女性エンジニアの事前登録者数は約150人におよび、"プロダクトなし"の状態にもかかわらず約26社との商談が成立。
「シード期でのエンジニアの役割は、いかにプロダクトを作らずに、ユーザーニーズを測れるかだ」と咸氏は語る。
「ジェンダーギャップの解消が大きな社会課題であることは、多くの企業が理解しているところ。しかし現実問題として、企業は利益を追うものであり、これらを両立させることは容易ではない。それでも諦めずに調査を続けたことによって、WAKE Career(旧Waveleap)というプロダクトは生まれた。だからこそすぐに手を動かすのではなく、ユーザーヒアリングに力を入れるべきだ」(咸氏)。
かつては自らも理想のまま、「オーバースペックなプロダクトを作り込んだことがあった」と反省する咸氏。エンジニア起業家であればすぐに手を動かしたくなるのは当然だと理解を示しつつ、「作れるけど、作らない。我慢するのがすごく大事だと学んだ」と自らの体験を総括した。